不朽の名作、二つの祖国。
2019年春にはドラマ化もされましたね!
私はこの作品が大好きで、原作を何度もよんでいます。留学時代のホストママが日系アメリカ人三世なこともあり(パパはドイツ系の白人)、LAの日系アメリカ人記念博物館にも行ったことがあります。
戦後75年が経ち、日系アメリカ人の存在を知らない日本人が増える今。歴史好きな人、日本という国が好きな人に、ぜひ読んでもらいたい作品です!
「二つの祖国」原作のあらすじ
舞台は第二次世界大戦中のアメリカです。
アメリカのロスアンゼルスに生まれた天羽賢治は、大学を日本で過ごした後、ロスアンゼルスの日本語新聞「加州新報」で日米両国の文化を理解した新聞記者として手腕を発揮する。
新聞記者として脂が乗ってきた最中に日米開戦となる。日系人であるが故に家族全員がマンザナール強制収容所に入れられ、大きな屈辱を味わう。日本人として生きるべきか、それともアメリカ人としてアメリカに忠誠を尽くすべきか悩んだ末、語学兵に志願し、太平洋戦線へ向かう。一方賢治の両親はアメリカへの忠誠テストに背き、マンザナール強制収容所からツールレイク強制収容所に入れられる。
日本が敗戦した後、賢治は進駐米軍の言語モニターとして極東軍事裁判に臨む。(二つの祖国 – Wikipedia)
主人公の天羽賢治は「日系アメリカ人二世」です。
*日系アメリカ人とは
1900年代初旬にアメリカに移民した日本人の子孫で、アメリカで生まれ、アメリカの市民権を持つ者のこと
賢治の両親が「移民一世」であり、現地で生まれた賢治は「二世」ですね。つまりアメリカで生まれ、アメリカ国籍を持った「American」であるにも関わらず、第二次世界大戦の激化で強制収容所に入れられてしまうのです。
名目に「市民の反日感情が高まっているから、暴動等から日系アメリカ人を守るため」という尤もらしい理由を掲げ、日系人の財産を没収し、劣悪な収容所に入れました。
原作でもクリーニング屋を営んでいた賢治の両親が、機材を買い叩かれて怒り、自分でめちゃめちゃに破壊するシーンがあります。
そして行った先は「マンザナール強制収容所」で、馬用のシャワーを使わせられたり、劣悪なバロックの家で一家で住まわされたり(プライバシー皆無)、病気の子供に薬を出し惜しみされたり、暴動を武力鎮圧されたり、「忠誠テスト」を受けさせられたりします。
この「マンザナール強制収容所」は、史実でも暴動をアメリカ軍が武力鎮圧をしたことで有名です。どの描写も臨場感が半端なく、膨大な資料を検証し、史実に限りなく忠実に描かれた作品だと言えます。
心理描写と人間関係が作品の魅力
さて、主人公の「天羽賢治」は日本で大学を出ていて語学に堪能であり、親族にもらった日本刀を大切にアメリカに持ち帰っているなど、「日本人寄り」です。アメリカ人と日本人、両方のアイデンティティーを持っていて、文字通り「二つの祖国」の間で揺れ動くのです。
どちらも好き、どちらにも忠誠を誓いたい。
しかし戦争がそれを許さない。
そんな理不尽な葛藤の中、語学の堪能さを買われて「語学兵の教官になれ」と軍から迫られます。アメリカ軍として日本と戦うことになるため、賢治は断り続けますが、最後に強制されてやむなく承諾してしまうのでした。この辺の心情の描写は実に圧巻です。
※語学兵とは
日本人の捕虜を尋問したり、日本語で投降を呼びかけたりビラを作ったり、日本側の軍事文書を英語に翻訳したり…などの役割をもつ兵士のこと。
日系人の心情は様々
賢治は二つの祖国の間で揺れ動きましたが、日系人の誰もがそうだった訳ではありません。
賢治の両親は日本寄り。天皇陛下への思いを捨てきれず、忠誠テストで危険分子とみなされて、別の収容所送りになります。他にも日本だけを「祖国」と呼ぶような、狂信的な二世もいます。
賢治の妻エミーはアメリカ寄り。賢治のこともアメリカ風に「ケーン」と呼びます。三世となる息子に「篤」という日本名を付けられた時には、そんなの必要ない!とブチ切れるほど。
賢治の友達のチャーリー田宮は、いち早くアメリカ軍で出世していき、影で「バナナ」と呼ばれます(皮は黄色く剥いたら白い=白人め、という意味)。
賢治の末弟のイサムはアメリカ軍に志願。もう一人の弟タダシはたまたま日本にいて、日本軍に徴集。
そんな中、唯一賢治と同じように「二つの祖国」で揺れ動いていたナギコと惹かれ合い、悲しい関係の末にお互いあんな最期を遂げることになってしまいます・・・。
心に迫る名台詞
「収容所とはいえ、やっとジャップ、ジャップと差別されじ、ひどか目にも合わんですん場所い来たかと思うたや、同じ日本人が、アメリカ贔屓と日本贔屓い別れて、アメリカんイヌだの、ぶっ潰してやっだの、互いに罵り、いがみおうちょる、何ちゅう浅ましかことじゃ、日本人はいつの間に、こげな情けなか民族にない下がったとじゃ…」
by 天羽乙七(主人公の父=移民一世)
「アメリカ国籍を持つ日系二世の私が、(略)軍キャンプで民間人捕虜として、毎朝、星条旗を見上げる気持ちはどんなものか、到底お分かりいただけないでしょう…忠誠を疑われたり、試されたりすることなく、一つの国、一つの旗に忠誠を尽くすことができれば、どんなに幸せかと思います。」
by 天羽賢治(主人公=日系二世)
「ケーン、どうか嘆かないで。あなたは今、日系二世でなければ出来ない仕事に携わっています。どうか父なる国日本と、母なる国アメリカとの二つの国の架け橋として、生涯を全うしてください。そのようなあなたと人生を分かち合えなかったことを、悲しく心残りに思います。」
by 井本梛子(主人公の最愛の人=日系二世)
・・・。
山崎豊子の感情描写は、本当に重くてリアルで素晴らしい。
私はナギコに感情移入してしまい、ナギコの登場シーンではかなり泣きました。特に賢治と梛子が、英語話者には汲み取れない空気感を日本語から読み取るシーンは、「あー分かるよー」と心が震えました。
全ての登場人物の心情がこれでもか!ってくらいに丁寧に描かれているので、誰かしら自分と似た人を見つけられるでしょう。
感想
ほんとね、ひたすら「国って何だろう」「感情って何だろう」「正義や正解って何だろう」って思わされた作品でした。もう日常生活に支障が出るレベルで感情移入して読みました。
賢治だって守るべき妻と子供がいて、本当ならあのままアメリカ軍で出世すれば生活は安泰で、除隊してもLAで生き証人としてライターになる道は保証されていた訳です。
論理的に思考で考えたら、間違いなくこれが「正解」とされる道ですよね。
でも、賢治はそれを選べなかった。
複雑に絡まる「二つの祖国」への思いと、その葛藤の中で生きる自分を支えた梛子の存在、梛子と日本で過ごした日々など「感情」の部分が、思考の正解なんて大きく凌駕してしまった。
歴史や国家観、死生観に加えて、人間の根源的な感情までが緻密に描かれた、すごい作品でした。感情が大切にされ始めた現代だからこそ、多くの人の胸を打つのだと思います。
何にせよ小説版はリアル過ぎてエネルギーをごっそり持って行かれるので、少しライトに、かつリアルに映像化されたドラマ版もおすすめ!
*詳しくはテレ東の「二つの祖国」公式ホームページをどうぞ!
*ドラマの感想更新しました!