山崎豊子「二つの祖国」あらすじと魅力&ドラマ化について思うこと!

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外山周です!

山崎豊子の名作「二つの祖国」が再ドラマ化だそうです!

これは楽しみ!大好きな作品なので嬉しいです。

放送は今年3/23(土)〜3/24(日)、キャストは小栗旬とムロツヨシ!

小栗旬は賢治っぽくないし、ムロツヨシなんてもっとチャーリーっぽくないだろと最初は思いましたが(爆)、ホームページの写真を見るとなかなかいい感じです(*^ω^*)

インタビューからも本気が伝わってくるので、放送がとても楽しみになりました!

今日は「二つの祖国」再ドラマ化に先立ち、私が思うこの作品の魅力を熱く語ってみようと思います。

歴史好き、日本好きにはたまりませんよ〜!

 

「二つの祖国」の魅力

あらすじ

舞台は第二次世界大戦中のアメリカです。

まずはWikipediaより抜粋。

アメリカのロスアンゼルスに生まれた天羽賢治は、大学を日本で過ごした後、ロスアンゼルスの日本語新聞「加州新報」で日米両国の文化を理解した新聞記者として手腕を発揮する。

新聞記者として脂が乗ってきた最中に日米開戦となる。日系人であるが故に家族全員がマンザナール強制収容所に入れられ、大きな屈辱を味わう。日本人として生きるべきか、それともアメリカ人としてアメリカに忠誠を尽くすべきか悩んだ末、語学兵に志願し、太平洋戦線へ向かう。一方賢治の両親はアメリカへの忠誠テストに背き、マンザナール強制収容所からツールレイク強制収容所に入れられる。

日本が敗戦した後、賢治は進駐米軍の言語モニターとして極東軍事裁判に臨む。(二つの祖国 – Wikipedia

主人公の天羽賢治は「日系アメリカ人二世」です。

移民一世の子としてアメリカで生まれ、アメリカ国籍を持った「American」であるにも関わらず、第二次世界大戦の激化が引き金となり、強制収容所に入れられてしまいます。

日米が開戦して反日感情が強まったため、政府は「暴動等から日系アメリカ人を守るため」という名目で、多くの日系人の財産を没収して、劣悪な収容所に入れたのです。

前半の舞台となる「マンザナール強制収容所」は、史実でも暴動が起こってアメリカ軍が武力鎮圧をしたことで有名です。

後半の極東裁判の描写も臨場感が半端なく、膨大な資料を検証し、どこまでも史実に忠実に描かれた作品だと言えます。

 

主人公「天羽賢治」は日本人寄り

さて、主人公の「天羽賢治」は日本で大学を出ていて語学に堪能であり、親族にもらった日本刀を大切にアメリカに持ち帰っているなど、「日本人寄り」です。

ちなみに賢治の妻エミーは正反対で、賢治のこともアメリカ風に「ケーン」と呼び、日本風の義父母との団欒を嫌うなど対照的な性格です。

収容所でも二世たちの反応は様々ですが、多くは「アメリカ人寄り」だったような描かれ方に見えました。

 

「自分はアメリカ人なのになぜこんな仕打ちを受けるの!」と政府に対してショックを受ける人。

「日本なんて知らないし、戦争もアメリカが勝って終わりでしょ」と言う人。

アメリカ人として上手く立ち回り、スパイのようなことをして外に出ることを目論む人。

「一世の親がアメリカで暮らしやすくなるように」と、進んでアメリカ軍に志願する人。

一方で日本に忠誠を誓い、日本の勝利を信じる人。

 

それぞれの人に様々な思想と感情があります。

そんな中で主人公の天羽賢治は、アメリカ人として、そしてまた一方で日本人として、2つのアイデンティティーの間で葛藤します。

10才までをアメリカで過ごし、10〜20才までを日本で教育を受けた背景から、まさに「二つの祖国」の間で揺れ動くのです。

どちらも好き、どちらにも忠誠を誓いたい。

しかし戦争がそれを許さない。

そんな理不尽な葛藤の中、語学の堪能さを買われて「語学兵の教官になれ」と軍から迫られ、断り続けたのちに最後はやむを得ず承諾。

この辺の心情の描写は実に圧巻です。

語学兵とは、日本人の捕虜を尋問したり、日本語で投降を呼びかけたりビラを作ったり、日本側の軍事文書を英語に翻訳したり…などの役割をもつ兵士のこと。

 

心に迫る名台詞

「収容所とはいえ、やっとジャップ、ジャップと差別されじ、ひどか目にも合わんですん場所い来たかと思うたや、同じ日本人が、アメリカ贔屓と日本贔屓い別れて、アメリカんイヌだの、ぶっ潰してやっだの、互いに罵り、いがみおうちょる、何ちゅう浅ましかことじゃ、日本人はいつの間に、こげな情けなか民族にない下がったとじゃ…」
by 天羽乙七(主人公の父=移民一世)

「アメリカ国籍を持つ日系二世の私が、(略)軍キャンプで民間人捕虜として、毎朝、星条旗を見上げる気持ちはどんなものか、到底お分かりいただけないでしょう…忠誠を疑われたり、試されたりすることなく、一つの国、一つの旗に忠誠を尽くすことができれば、どんなに幸せかと思います。」
by 天羽賢治(主人公=日系二世)

・・・。

いつもながら山崎豊子の感情描写は素晴らしいなと思います。ドラマでどう再現されるか楽しみですね!

 

ドラマ化に盛り込んで欲しいシーン

私が勝手に映像化を楽しみにしているのは、

① 砂漠と有刺鉄線と白人兵

② 厩舎の馬用シャワーでのシャワーシーン

③ 賢治と梛子の最初の旅行シーン

④ 賢治と梛子が日本語を大切に思う心理描写

の4点です!笑

特に④!アメリカ育ちなのに感性が日本寄りの賢治と梛子が、英語話者には汲み取れない空気感を日本語から読み取るあれです(力説)。

特に梛子はせっかく日本に来たのにあれだけ理不尽な目に遭うので、その辺の芯の強さが感じ取れるといいなー。

どんな描写になるのかワクワクで楽しみです!

 

感想

小説の方は、極東裁判の描写が始まるまではめっちゃくちゃ入り込んでしまって、それこそ日常生活に支障が出るレベルで感情移入して読みました。

あの広大な土地や空、それに地平線に沈んでいく夕日なんかがハッキリと想像できてしまって、「もしや前世なんじゃ!?」と思うほどでした(爆)。

私が感情移入してしまったのは意外にも親世代(移民一世)の方で、収容所で「忠誠テスト」を突きつけられて苦悩する様子などは、なんだか私までやり切れない気分でした。

・・・。

実は、「何で一世の人は、そもそもアメリカに渡ったんだろう?」ということが、長年ずっと疑問でした。

日本のために内地で頑張ることもできたのに、あえて移民になることを選んだ。

それなら国を捨てたも同然なのではないか。

わざわざ移民した先で日本文化を大事にするよりアメリカに忠誠を誓えばいいのに、なんでそうしないんだろう?

・・・とずっと思っていました。

「二つの祖国」を読んで、ほんの少しだけ理由が分かった気がしました。

当時、今よりずっと過酷な生きるか死ぬかの世界で、なんとか生きていくための手段として異国に渡った。

だけど移民一世は、日本への誇りや愛着を忘れたわけではなかった。

迫害されなければそれでも上手くアメリカ社会に溶け込んで行っただろうに、迫害があったが故に、日本への忠誠を表明する結果になってしまった。

・・・こんな感じでしょうか。

何にせよ小説版はリアル過ぎてエネルギーをごっそり持って行かれるので、少しライトに、かつリアルに!映像化されてくれたら嬉しいなーと思います!

 

詳しくはテレ東の「二つの祖国」公式ホームページをどうぞ!

 

ドラマの感想更新しました!

 

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外山 周

外山 周

TOYAMA, Chika
10,000時間以上の英語指導経験とTOEIC400点アップ等の実績を持つ。現在は合理的な言語習得論よりも「1人1人の感性と人生に合う方法を」を軸に、完全カスタマイズの総合サポートを提供している。
生い立ちと米国留学中のうつ病経験、自殺未遂の経験等から、人のエネルギーに敏感。自分らしく人と繋がって生きたいを目標に、現在は心理セラピスト養成講座に没頭中。
パートナーはアスペルガー。日本語が大好き。愛国心強め。
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2 件のコメント

  • 終戦直後、父はGHQに勤務しておりました。そこで知り合った日系二世米軍陸軍中尉のOさんの経歴が「二つの祖国」のチャーリータミヤにそっくりなのに驚きました。ただ収容所内の事フィリピン勤務時の事(現地人を組織化していた)は殆ど話しませんでした。彼は退役後華族のお姫様と結婚幸せに暮らしました。実兄は日本の航空隊に所属霞ヶ浦で米軍爆撃により爆死。実妹はUCLAで看護を学び陸軍勤務。実父はサクラメントでランドリーをやっていて収容所行でしたが戦後無事帰国できました。
    ご本人は背丈が高く細身でほりがふかく、モデルのようでムロツヨシさんとは全く違っていました。
    ======
    日系二世の422部隊について書かkれた
    ドウス昌代さんの「ブエリアの解放者」もぜひお読みください

    • Johnny.T.sato 様
      コメントありがとうございます!
      お父様がGHQに勤務しておられたのですね。

      Oさんのご兄弟は日本軍と米軍の両方におられたんですね。お父様は帰国されたとのことですが、Oさんご自身も日本を生活の拠点に選ばれたのでしょうか。米国在住とすれば、まさにご家族がバラバラに両国にいる状況ですね。当時の日系アメリカ人の多くが、そういったご経験をされたのだと推察いたします。

      私は生まれも育ちも日本ですが、5年間アメリカで暮らしたことがあり、両方の国がとても好きです。
      だからと言って日系アメリカ人の心中を察することは出来ませんが、この歴史には非常に心惹かれるものがあります。

      本のお勧めもありがとうございます!「ブエリアの解放者」、ぜひ読んでみたいと思います!
      貴重なご経験を話していただき、ありがとうございました。

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    外山 周

    TOYAMA, Chika
    10,000時間以上の英語指導経験とTOEIC400点アップ等の実績を持つ。現在は合理的な言語習得論よりも「1人1人の感性と人生に合う方法を」を軸に、完全カスタマイズの総合サポートを提供している。
    生い立ちと米国留学中のうつ病経験、自殺未遂の経験等から、人のエネルギーに敏感。自分らしく人と繋がって生きたいを目標に、現在は心理セラピスト養成講座に没頭中。
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