うつ病で自殺を考えた私が「生きよう」と決めるまで

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外山周です。

私は21歳の時に留学中のアメリカで重度のうつ病にかかり、真剣に自殺を考えたことがあります。

その頃からずっとカウンセリングやセラピーを続けていますが、これは自分の嫌な感情や過去の思い込みを見る作業なので、とても辛いと感じる時がありました。

それでも今までやめずに続けてこれたのは、あのうつ病の強烈な「死にたい」の最中に、やはり強烈に「生きよう」と思う出来事があったからです。

ずっと誰にも言えなかったけれど、思い切って文章に残そうと思います。

個人的な体験ですが、今「生きづらい」と感じている方に読んでもらえたら嬉しいです。

 

※ 現在うつ病で治療中の方は、ご注意の上お読みください。

 

「死ぬしかない」と思った

最初のきっかけは「虐待」という言葉

最初は、寝すぎる、食べれない、めまいが酷い、動けない、動悸がするなどの身体の不調で、病院を受診しました。

日本の医療ならば薬漬けにされるところですが、幸いなことに私は大学のカウンセリングセンターに送られて、そこで最低限の投薬と合わせて、心理療法を受けることになったのです。

週1でカウンセリングに通う日々でした。

泣きながら向かうこともよくあったし、カウンセリングセンターに続く階段が登りきれず、うずくまってしまって迎えに来てもらったこともありました。

何度も「もうやめよう」と思いながら通っていた頃、あるセッションでカウンセラーが言いました。

 

「あなたが虐待されていたのは、あなたのせいじゃない」

虐待されたら怒って当然、悲しくて当然なのよ」

 

・・・この「虐待」という言葉は、当時の私にはとても重たく刺さりました。

まだ自分が「虐待された」という認識がなくて、それを受け入れる準備が整っていなかったからです。

そしてそのセッションの後、私は何故か「それなら死ぬしかないな」と思いました。

まるで1+1の答えを導き出すかのように、ごくごく自然にそう思いました。

 

当時通っていた大学の噴水

 

「ダメだ!」という声を聞いた

そこでいくつか確実性があると言われる方法を調べ、何度か実行を試みました(苦笑)。

出来なくて思いとどまり、「もう死ぬしかないのに、それすら実行できないなんて終わってる」と自分を責めました。

そして何度目かの時、今度こそという時に、不思議なことが起きました。

「ダメだ!!」

という声を耳元で聞いたのです。

周りには当然誰もいませんでしたが、あまりにもハッキリした男の人の声を聞きました。

その瞬間、腰が抜けたように床に座り込んで泣きました。

全く声が出てこなかったけれど、それでもただボロボロ泣きました。

そして夜になって見た夢の中で、大きな和風の座敷に座り、ご先祖と思われる袴のおじいちゃん達に囲まれて背中をさすってもらい、その夢の中でまた無言で泣きました。

 

それでも死のうとした

私は今でこそ「魂」とか「天命」を信じているので、あの時の夢もきっと夢であって夢でなく、ご先祖様に護られたのだと今は思います。

しかし当時はそんな風には考えられず、「確実性のある方法がダメなら、手首を刺せばいいじゃない(ピコーン!)」という発想に行きつきました(笑)。

よくあるリスカではなく刺せばいい、そんで出血が終わるまで自分の意思で待てばいいんでしょ、ってな発想です。

この時は、身体がすごく震えてしまってだめでした。

でも握っていた刃の先が手首を傷つけて血がでた時に不思議と身体の震えは止まり、死にたいほどの辛さも絶望感も和らいでいったのを感じました。

それ以降は、しばらく自傷が癖になりました。

「自傷とか構ってちゃんかよカッコ悪い」と思っていたのに、自分がやるようになってしまった。

それで自分を責めたりもしましたが、当時のドクターが「身体が心を守ってるんだよ」と教えてくれ、「あまり自分を責めないように」と言ってくれました。

身体が痛いと、心の痛みを麻痺させることができる(意訳)のだそうです。

 

人の暖かさに触れて「生きよう」と決めた

そんな状態だった私が「生きよう」と決めたのは、その頃付き合っていた彼が作ってくれたご飯がきっかけです。

その人は本当によくご飯を作ってくれる人で、私は彼の作るご飯が美味しくて大好きでした。

でも私は、どうしても彼に「ご飯作って」とはお願いが出来ませんでした。迂闊に「ご飯作って」と言えば殴られてしまうような家で育ったからです。

ある日、私がすごく疲れていた日に彼が「ご飯何食べたい?」と聞いてくれた時、私は初めて「何か簡単なものでもいいから、あなたが作ってくれたものが食べたいな」と言いました。

断られる覚悟をして、それどころか怒られる覚悟までしてそう言ってみたのに、彼はすごく喜んで、

「おっけー!スープとチキンでいいかな?好きだよね!」

と言って張り切ってご飯を作ってくれ、私が食べているのを嬉しそうに見ていました。

その時に思いました。

「あー私が変なんだ」
「ご飯作って!って言ってもいいんだ」
「きっと他にも言えてないことがたくさんあるんだ」
「いつか彼と本音で話せるようになりたい」

って、本当に強烈に思いました。

そして「生きよう」と決めて、カウンセリングに真面目に通い、ちょっとずつ自分の感情を知っていき、言葉に出す練習をしました。

彼は卒業して彼の国に帰ってしまい、結局彼と本音で話すことは出来ないまま別れてしまったけれど、それでも

「いつか心を許せる人に出会った時に、ちゃんと話せる自分になっておくんだ」

と思えたから、その後何年もかかったけれど、一度も諦めようとは思わずセラピーを受け続け、今に至っています。

学生時代よく食べていたサンドウィッチメニュー

 

「生きたいから生きる」と決める

実は、私は仲の良かった友人を鬱で亡くしています。

その友人の訃報を聞いた時、「私は生きなくてはいけない」と思いました。

もし何か1つでも違っていたら、もしあのドクターや友人や彼に出会えなかったら、間違いなく私も生きていないという確信があります。

なぜ友人は死んでしまって私は生きてしまったのだろうと、何年も考えていました。

私が生きているのは、巡り合わせのおかげ。

ただ運が良かったのだから、それなら生きなくてはいけないと思いました。

 

でも今は「生きなくてはいけない」ではなくて、「生きたいから生きよう」って思います。

最近になって、やっと「生きてて良かった」と思えることが増えました。

少しは思っていることをそのまま言えるようになって、ご飯も美味しく食べれるようになりました。

夜寝る前にベッドに入って「ふー」と息を吐ける瞬間も、体の力を抜ける瞬間も味わえるようになりました。

ありのままの自分で付き合える友人がたくさんできました。

この「生きる感覚」を心底嬉しいと思えるのは、あの強烈な「死にたい」「生きなくてはいけない」のおかげなのだと、今は思うのです。

 

だから、「自分には生きる価値がない」「生きてる意味がない」と思う人に伝えたいなって思います。

それでもあなたは生きてていいんですよ、と。

いつかその今感じている辛さが180度転換した時に、心底「生きてるんだな」と感じることができるでしょう。

その感覚は本当にあったかく、心地が良いです。

それを感じることが出来るのも、「死にたい」を感じた経験があればこそ。

誰でも感じることが出来るものではないのかもしれません。

だからどうか生きていてください。

人には「生きる力」が、ちゃんと眠っているのですから。


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ABOUTこの記事をかいた人

タロットを媒体に、「今のエネルギー状態」「ちょっと先の未来」「直近で何をすれば良いか」にフォーカスする「未来視セッション」をメインに提供中。

強HSP+共感型エンパスであり、うつ病&自殺未遂サバイバー。

「女性がより輝く」「エンパスがより自分らしく生きる」をモットーに、持って生まれた少しスピな視力を活かして活動しています。