外山周です。
両親との関係を絶賛見直し中です・:*+.\(( °ω° ))/.:+
去年からずーっと取り組んでいるんだけど、なかなかどうして根が深いのが「原家族」との関係。
それでも比較的中の良かった父との関係は改善しつつあり(たぶん)、姉との関係も劇的に良くなり、残すところは母のみです。
母とは、自分に命を与えた存在…。
これぞ心理セラピーで「ラスボス」と呼ばれる、価値観やあらゆる思い込み、生き方の根源とも言えるものなわけです。
私もセッションで何度も母親との関係を扱おうとしましたが、「気持ち悪い!」という拒否反応が起きたり、目眩が起きたり、とにかく上手くいった試しがありません。
こちらの記事にちょっと書いてます。
実は先日、母と電話で話していて過呼吸を起こしました(苦笑)。
それで10代の頃は、母と話すとたまに過呼吸になっていたことを思い出しました。
ただこれを思い出したのがきっかけで、私の「お母さんビリーフ」は一気に解放へと進み始めました。
今日はついに!
そんなお母さんのお話を徹底棚卸しです!
「感情」を否定する母との生活
「笑え」と言われる
私の母は、とにかく私の「感情」を許してくれない人でした。
泣けば「泣くな!」と言われ、
怒れば「怒るな!」と言われる。
体調が悪くなれば、
「気合が足りない!」と言われる。
「辛くても笑え!」と言うくせに、
本気で笑ったら「嫌味か」と言われる。
・・・「笑え」と言われたから、私は笑った。
卵を投げられた時も
ご飯をひっくり返された時も
母にホチキスで殴られて流血した時も
いつだって泣かないで笑ってきました。
なぜか母の方が泣く時だって、私は笑って母を慰めてきました。
命に関わるような暴力ではなかったけれど、生まれつき静かな場所が好きな内向的な私には、母のエネルギーが強すぎて苦痛だったのだと思います。
「過呼吸」を起こすようになった
10代後半になった頃、私は母の感情に触れると過呼吸をおこすようになりました。
過呼吸は、息を吸いすぎて起こる症状です。
急に動悸がしてきて「あ、やばい」と思った時にはもうどんどん身体が冷たくなっていって、指先から動かなくなっていきます。
私がそうなるとね、母が言うんだ。
「脅す気か」
「死ねるもんなら死んでみろ」
「今すぐやってみろ」
って言って、酷い時は手も出てくる。
一度だけ本当に動けなくなった時にものすごい恐怖感を味わったので、それ以降はすぐ外に逃げるようになりました。
「過呼吸は血中の二酸化炭素濃度が上がれば治る」と知って、タオル地のハンカチを何重にもして口に当てて、大きく呼吸を繰り返すようにしてやり過ごしました。
足の感覚がなくても、それでも歩く。
どうしようもうなくなったら、しゃがめそうな場所を探して隠れる。
誰にも助けも求められない。
追いかけてきた母に見つかったら、また大変なことになる。
そんなことが、何度も何度もありました。
「こいつは弱い奴だ」という諦め
こんな母に対して、初めて強烈な「怒り」を覚えたことがありました。
アメリカでうつ病になって、カウンセリングを受けるようになった後、
「私にとんでもない事しやがって…!」
って思いがどうしようもなく湧いて、それを母親にどうしてもぶつけてみたくなったことがあったんです。
物理的に地球の裏側までは追ってこれないっていう安心感も手伝って、私は母に国際電話をかけました。
・・・結果、
電話を切られて、着拒されました(まーそりゃそうだわな)。
この時の母の態度で、
「あーこいつとんでもなく弱いな」
って思いました(苦笑)。
自分が他人(私)に対して長年取ってきた言動によって、私が抱いた感情すら受け止めることが出来ないのかよと。
私がアメリカでこんなに苦しい思いをしていても、お母さんは「自分の責任だ」としか言えない人。
私が母の為にしたことの半分も、私に対して出来ない人なんだって思いました。
「コイツ本当にどーしようもないな」
って思いました。
それでも復讐してやりたくて、とにかく苦しめてやりたくて、「死ねるもんなら死んでみろ」って言われたから死んでやろうかと思ったこともあったけれど(笑)、
それでも「こんなヤツより私の方がずっと強い」と思えるようになったら、過呼吸は起こさなくなりました。
それでも母は私を愛していた
13年ぶりの過呼吸
つい最近、13年ぶりくらいに過呼吸を起こしそうになりましたorz
電話口から母の声がギャンギャン響くのを聞いてたら動悸がしてきて、なんだか10代の頃の何も出来なかった自分に戻ってしまったような感覚に襲われたんですね。
「あ、やばい」と思った時、なんと母が
「もしかして過呼吸?」
と言いました。
私の声色と話し方、間の取り方が昔とそっくりだったから、気付いたんだそうです。
昔みたいに「脅しか!」って言われるかと思ったら、なんと母が電話越しに言ってくれました。
「お母さん、ついてるよ」
「アンタは今のままで十分すごいよ」
・・・って。
思わず耳を疑いました。
私は母のその言葉が子供の頃からずっと欲しくて、今までどれだけ頑張ってきたんだろうって。
そして、きっと母だって本当は言葉に出せなかっただけでずっとそう思ってくれてたんだろうなって、ふと思いました。
母は「愛し方」を知らなかった
電話を切ってから思いました。
母は母なりに、私をすごく愛してくれたんだなって。
確かに「泣くな」「怒るな」と言われたけれど、それだって本当はただ私の笑った顔を見たかっただけなんじゃないかって。
きっと母本人が、感情を受け止めてもらった経験がなかった。
だから私の感情も受け止める方法を知らなかった。
最愛な私の笑った顔を見たいと願っても、
「泣くな」「怒るな」「笑え」
と言葉で迫ることしか、きっと出来なかったんだろうと思います。
殴るのも、母自身がどうしようもないから。
どうしたらいいか分からなかったんだろうな。
だからと言って私のことを愛していなかった訳じゃなくて、ただそれを上手に伝える方法が分からなかったんだと、不思議と思えるようになりました。
「ハグミッション」宣言!
というわけで(?)
近々実家に「ハグミッション」をしに行こうかと考えています。
ハグミッションとは、実の親に会いに行って抱っこしてもらうという心理系な荒療治のことです(私が勝手にミッションと名付けました(爆))
セラピーで代役を立てても両親に近づくワークもありますが、私は昨年これが苦手で苦手で、近づこうとすると足が竦みまくっていました。
今すぐには無理かもしれないけど、でも時期が来たら、本当の両親に対してやろうと思います。
あ、気持ち悪くなってきた(笑)