外山周です!
「もののけ姫」の英語吹き替えの台詞と、そこから分かる日本文化についての記事をシリーズで書いています。
前回はアシタカの村のおじいちゃんの英語の台詞から、タタリ神を「demon」と訳す部分に焦点を当てました!
今日はそこからもう少し、日本の神さまの概念を掘り下げてみたいと思います。
アシタカ / Prince Ashitaka
今日は、主人公のアシタカです!
アシタカは、実は「Prince」だと知っていましたか?
日本語版でも冒頭の村のシーンで、何度か「アシタカヒコ」と呼ばれています。
このヒコ(彦、比古、日子)は、古くは村長や貴族につけられる尊称でした。それが英語では単純に「Prince」にされているわけです。
日本語版では村の老人達から「アシタカ」と呼び捨てにされているのに比べ、英語では「Prince Ashitaka」ときちんと尊称をつけて呼ばれています。
1.台詞「鎮まり給え!」
それでは、冒頭のアシタカとタタリ神のシーンの英語の吹き替えをチェックしてみましょう。
タタリ神が村の方へと走り出してしまって、アシタカが必死で村の破壊を防ごうとするシーンです。
日本語
①村の方へ行く!襲う気だ!
②鎮まれ!鎮まり給え!さぞかし名のある山の主と見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか!
③鎮まれ!何故我が村を襲う!鎮まり給え!
英語
①It’s headed for the village! I’ve got to stop it!
②Calm your fury, oh mighty lord! Whatever you may be, god or demon, please leave us in piece!
③Go back! Leave our village alone! Stop! Please! Stop!
英語の台詞の日本語訳
①村を襲いに向かってる!あいつを止めなくては!
②怒りを静めてください、偉大な主様!神だか悪魔だか知りませんが、とにかく私たちをそっとしておいてください!
③戻ってください!村をそっとしておいてください!止まって!お願いだ!止まれ!
2.今回の日本文化:神のニュアンス
今回の台詞のポイントを1つ挙げるとすれば、「Oh mighty lord」です。
これは迷った末に「偉大な主様」と和訳してみたのですが、そもそも「lord」とは何なのでしょうか。
① 日本の神様は支配しない
英語の「mighty」は強大で非常な力を表し、「lord」は支配者に対して、敬称として使う言葉です。
例えばハリー・ポッターのヴォルデモートも、信者から「my lord」と呼ばれています。
ヴォルデモートは強力な闇の魔術で信者を支配し、暴力と恐怖で押さえつけ、さらに魔法会全体も支配しようとしました。
このように並外れた力(権力でも武力でも)を以て多数を支配する人に対して、その人を畏怖の念をもって敬うために「mighty lord」という言葉を使います。
古い日本語には、「mighty lord」を本当の意味で直訳できる言葉はありません。
なぜなら、古来の日本の神様は人間を支配しないからです。
古事記では民を幸せにしようとする神様の話が出てきます。
日本の神様は人間を支配せず、人間とともに生きているものでした。
怒ったり荒ぶったりすることがあっても、それは蔑ろにされたり攻撃されて苦しいから荒ぶるのであって、そこに「人間を支配して君臨してやろう」という意志はありません。
ただ怒りを思い知らせてやりたいと思う気持ちはあるので攻撃的に見えますが、これは支配とは別物です。
でも英語圏にはこの概念の違いが伝わらないので、「mighty lord」という訳が当てられたのだと思います。
② 鎮まり給え!にのった想い
「鎮まり給え!」という日本語には、とても厳かな響きがあります。
荒ぶる神様が村の方へ行くのを止めて、村を助けたいという気持ち。
そして神様が何故こんなに荒ぶっているのかを疑問に思う気持ちと、神様の安らかな鎮まりをせめて願う気持ち。
そのすべての想いが、「鎮まり給え!」の一言に込められているように感じます。
英語には、それを全て込められる言葉はありません。
だからもっと直接的に、裏にある思いを全てバシバシ言わないと、この緊迫感が伝わらないのです。
なので英語吹き替えの台詞は、「戻って!」「止まって!」「怒りを鎮めて!」と矢継ぎ早に言うことで、この緊迫感を表現しています。
まとめ
・「ヒコ」は古い言葉で、尊重や貴族に使われる尊称。(ちなみに単純に「男」という意味もある。)
・日本の神様は支配しない。
・日本の神様は怒らせると荒ぶる。
・日本語の「鎮まり給え」の厳かさと緊迫感は、英語では裏にある気持ちをすべてバシバシ言うことで表現される
感想
英語が持つ、とても気持ちの良いこの軽快さが、私は長い間好きでした。
良い意味で簡単で軽くて、楽ちんなのです。
最近古事記や神道の本などを読み過ぎて、やや日本語の方にチューニングが偏っているかもしれません。