アメリカ人と語る「甘え」の概念①

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アメリカ雑記を更新します!

先月アメリカに旅行に行った時、昔お世話になったホストファミリーに会って来ました。色んな話をしましたが、今日は日本語の「甘え」について書きたいと思います。

 

私が思う「甘え」の正体

なんで「甘え」の話になったかと言うと、パパがどこかから「日本人には “amae” の概念があって、個人より和を大事にするが、それが行き過ぎて依存的になり過ぎると、依存対象を失った時に道を見失いやすい」という記事を見つけてきたからです。

それについては、「確かにそうかもしれない」と返しました。

これは自分にも経験があってよく分かるのですが、「組織のため」「会社のため」に頑張り過ぎると、自分を見失ってしまいます。上司に健全な意見が出来なくなり、部下にも寛容でいられなくなり、結果として良いコミュニケーションが取れなくなってしまうのは、今までに幾度となく経験してきました。

 

「組織のために、部下はこのくらい頑張ってくれるはず」と思うことは、上司の甘え。

「何も言わなくても上司は完璧で、いつだって組織を良い方向へ引っ張ってくれる」と思うことは、部下の甘え。

そして、根底にある「分かってくれるはずだ」という気持ちから、健全な言葉でコミュニケーションを取ることが少ない。

これが、日本の「甘え」の正体のではないかと個人的には思っています。

 

「甘え」は悪いことばっかりじゃない

アメリカは、日本とは正反対の自己主張の国です。何でも言葉にしないと始まらないし、単純化して伝えることが必要なことも多くあります。

アメリカにいると、つい「甘え」自体が悪いことのように思ってしまいがちですが、私は決してそんなことはないと思います。

本来は、つまり昔の日本では、自分より大きな組織のために頑張るのは根底に信頼感があった筈で、それが「甘え」の大前提だったと思うのです。「組織を信じて頑張っていれば、大丈夫だ」と思える信頼です。

組織もまた、更に大きな単位の「国のため」「社会のため」「世のため人のため」に頑張っていて、そこに共通認識があったからこそ、「分かってくれるはずだ」がまかり通っていたのでしょう。

たからこそ、現代の国力に繋がっています。

共通認識をなくし、個人主義が上滑りしている現代社会にはそぐわなくなってしまいましたが、この「甘え」の概念は、日本にとってなくてはならないものだったのです。

 

…長くなったので続きはまた明日。明日はこれについてのホストパパの反応を書きます。

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外山 周

外山 周

TOYAMA, Chika
英語を教えて8年、最新の科学的トレーニングを極めた経験から、現在はフリーランスで活躍中。
将来の夢は、心理カウンセリング+日本語+英語を備えた、全く新しいメソッドを開発すること。
神道と日本語が大好き。

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